詩の女神をぶった右手で
ペンを持ち し を書き殴っていく夜
何がきみの幸せ?
何を見て喜ぶ?
あんパンに勝てるかい
詩なんてものが
患者さんは森進一を歌うとき
とてもいいカオをする
おれは彼を森進一と呼んでいる
一欠片のチョコレートや
たまに出されるソフトクリームに
ほんとに活きた カオをする
詩は 朗読は
それに勝てるんだろうか
おれは詩を書くけど
その書く行為も朗読も
例えばその他の表現も
ただの行間も
ぜんぶ含めて
「し」と思ってる
だから おれの し が
勝負なんかしなくても
森進一や チョコレートや
ソフトクリームのなかに
混じっていけば
それで いい 話 だ
詩の女神をぶった右手で
ペンを持ち し を書き殴っていく夜
『マルドロールの歌』はわけわからんかったり
新聞に投稿したり
不可思議/wonderboyのブログを
読み漁ったり
ノートに文字を彫っていったりするわけなの
このままがこのまま
続いたとして
おれは
チョコレートを食べたんだから
ビタースウィートなやつを
食べさせてもらったんだから
後悔も 諦念も 罪も 怒りも
思い出も わくわくも どきどきも
幸せというキャンバスの上に
あるということは
理解しなくちゃいけないね
ただこうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。
一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。(中島らも)
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