B、近く




クラス会に行くわけじゃないんだぞ

と自分に言い聞かす

ポエトリースラムジャパンの
東京予選Bが近づいている

この一年、朗読を知り、いろいろと声をかけていただいたがゆえに調子よく続けさせていただけたのかもしれない

しかし最近は、顔見知りも増え、そういう場に出かけるたびに「こんにちはこんにちは」と言うことに疲れてしまった自分もいる

話したいけど、話すほどに
自分がかい離していく感覚は
自分がすなおになれてないからなのか
自分は八方ならぬ十六方美人だなと感じてなぜかそれに
罪悪感を感じてしまう
調子がいいときはさほど気にしないけれど
調子がいいときにひとの気をひいておいて
いざ近づかれると さっと引くという
フランスよりスペインに行ったほうがいいかもしれない
自惚れているのだ

それでも朗読、
というかステージ、
今 自分の正気を保つための
数少ない場所であって
人間関係で悩むなら
それこそ森ででもやれば
いいけれど
やっぱり誰かに見ておいてほしい

たしかに詩というものは
厳密に言えば 個人的な情熱のはけ口ではないかもしれない
モラルというフィルターを
通すことは 必須条件かもしれない
服を着ないで街を歩くことはできても 30分ともたないだろう 外は寒い
けれど ほんとうにひとが
追い込まれているとき
大げさに言えば死んでしまいたいとき
詩とは何かなどという問いや
名札付けカテゴリー分けに
何の意味があるだろうか
凧が糸を切って
ほんとうの自由を得たら
ただ堕ちていくだけのように
あの細い糸は切りようがない
それは家族であったり 恋人であったり ささいな仕事だろう
そしてこの身体
しばりつけられるのは
身体だけで充分だ

スラム当日は
一本目が大事になる
一度でもスラムに出たりしたひとには分かるだろう
そこで負ければ
その日はもう読めない
ワンアウト チェンジ制だ

おれは勝ち負けは別にして
一本目に読むべき(自分的に)
ものが一本目用にできたので
それは他者に響くかは
わからないけど
最初から 理解されなくて当然みたいな感じで
いくんではなく
伝わるように尽くそうと思う

スラムは悲しいかな
運とタイミングが勝敗を分ける部分が大きい
けれど 運とタイミングが勝敗を分ける部分まで
行けるというのもひとつの力。
商店街の福引きに行くにも
全力を出さねばならぬひともいる。
そして出たくても出られなかったひと、
はじめてスラムとかポエトリーを観にくるひともいる
と思う
あくまで内輪だけじゃなく、
そういうものも意識して
やれればいい。

ぎらぎらしてる感じは嫌いじゃないし、それだけの方々が出てくる。
ミキさん蛇口さんと同じグループに入ったら、とか妄想するし
大島さんにもリベンジしたい
あくまで気負わず。

おれが今したくて、
しなければならないこと。
それに気付くために。

まあ最後は酒飲んで笑いたい



ポエトリースラムジャパン
2017 東京予選B
1.28(土)

13:00開場 / 20:00終演予定

場所:新宿 花伝舎
(元小学校を利用したスペース)

料金:2000円(No Drink)
MC:猫道(猫道一家)



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